広告費ゼロの夢を実現する「メディア化」
―「メディア」ですか?
青木 同じウェブサイトなのに「広告費を出すウェブサイト」と「広告費をもらうウェブサイト」がありますよね。これはなぜかと考えると、当たり前のことではあるのですが、広告費をもらえるウェブサイトは、「多くの訪問者の役に立ったり、おもしろかったりするコンテンツを読み切れないくらいに配信」しているわけです。それに対して、広告費を払うウェブサイトは、「特定の訪問者にだけしかサービスしていない」のです。
―以前の「北欧、暮らしの道具店」であれば、商品を購買する人にしかサービスしていないとうことでしょうか?
青木 そうですね。1000人の訪問者があって、3人にしか購買してもらえなかったとき、残りの997人には何もお持ち帰りいただけるものがないのです。ですから、「訪問者全員に持って帰ってもらえるおもしろいコンテンツ、役に立つコンテンツ」があれば「広告費を出す側から広告費をもらう側になれるのではないか?」と考えて、「メディア化」することを決断したわけです。
―「メディア化」は具体的にどのように進めていったのでしょうか?
青木 私たちは「ターゲットメディア」を目指しました。紙の雑誌であれば、どの雑誌にも細かな「想定読者層」がありますよね。でも、ウェブ媒体にはターゲットメディアはほとんどありません。その大きな理由は「PVの単価が安いから」です。1PV当たりの売上は0.1~0.5円程度でしょう。
―大量のPV数が必要になりますね。
青木 だから、テーマを絞ることができないんです。その点私たちは物販でマネタイズしているわけです。物販は、通常の広告に比べると5~20倍くらいマネタイズの効率がいいんですね。もちろん、PV数は重要なのですが、私たちには物販があるので「セグメントを狭めて、そこにヒットするようなコンテンツを作る」ことができるんです。
―どのような読者を想定している?
青木 「マガジンハウスの文脈に一度でも影響を受けたことがある人」っていう言い方をよくしています。彼らは、「何かの価値観を共有している集団の中で、潜在的には最大ではないか」と思っていて。さらに、その人たちは30代後半から40代後半くらいの「人口ボリュームゾーン」に多くいます。ですから、この価値観で区切っても、マーケットとして適切な数がいると考えているんです。
―コンテンツはどのように作っているのですか?
青木 社員が作っています。基本的に社員は元お客様です。価値観の共有はできていますし、お客様との属性も近い。ですから、「自分が読みたいものを書け」と言っていますね。私たちはアーティストではなく、商業メディアですから、「書きたいものを書く」ではダメです。自分が読みたいものであれば、1人はニーズがあるわけですし、お客様との属性も近く、価値観を共有しているのだから「少なくとも数人は読みたいと思ってくれる可能性は高いよね」と考えるのです。
―「メディア化」を進めて業績はどのように変化しましたか?
青木 現在は、売上規模は、十数倍になっています。売上に対する広告費の割合も、1.5%くらいまで低くできました。
「圧倒的なメディア」になるために
―昨年には「メディア」として「記事広告の配信」も始められたそうですね。経緯を教えていただけますか。
青木 「雑誌ってどんなビジネスなんだっけ?」と考えてみると、「C側からは雑誌を買ってもらう」ことでお金をいただき、「B側からは広告を買ってもらう」ことでお金をいただくというビジネスです。「メディア化」の構想段階で、「いずれC側とB側の両方から収益化できる時期が来るだろう」と考えてはいましたね。
―当時から構想はあったのですね。
青木 メディアとしてのクオリティを高めるためには、当然コンテンツ制作に予算を割かねばならない側面があります。私たちが「圧倒的なメディア」になるために予算が必要なのです。今までも、もちろん物販において収益をいただいていますが、「メディアとして突き抜ける」ためにB側からの収益も必要だというのが考えのひとつです。
―メディアの質を高めるために新たな収益源が必要だということですね。
青木 もうひとつは、「人が集まる場」という価値を作り出せているのですから、その価値をマネタイズしないわけにはいかないということです。1000人のうち3人しか購買しなかったら、997人からの収益機会は、今までは当然なかったわけです。ですから、集客ができている状況を活用して、企業の役に立てるBtoB事業を始めました。
―「集客ができている状況」を役立てるには、さまざまな方法があると思いますが、なぜ「記事広告」という形なのでしょうか?
青木 「メディア化」して以降、「私たちはそもそも何をやってきたのか」と考えてみたんです。「他社から仕入れた商品の魅力」や、「製造している会社の取り組み」を様々な角度から調べて、記事を作って、商品を販売する。これが私たちの商売でした。つまり、私たちは、そもそも「記事広告の専門集団」だったわけです。しかも、普通のメディアの記事広告とは違って、「記事で実際に商品が売れないと食べていけない」という切実感がある専門集団なんです。これが「記事広告」の事業を選択した理由のひとつです。
―他にも理由があれば教えてください。
青木 私たちの強みは、「メディアとしての世界観」を支持してくれるお客様が集まっていることです。ですから、この読者の方にとって価値のある事業でなければ意味がありません。例えば、バナー広告をあちこちにベタベタと貼れば、一時的に売上はあがるでしょう。でもそうではなくて、「広告なんだけど、他の記事よりもおもしろい!」と思ってもらいたかったんです。ですから、「BRANDNOTE」という記事広告の事業を始めました。
トップブランドの悩みを記事広告で解決する?
―「BRANDNOTE」の第一弾は良品計画さんでしたが、反応はいかがですか?
青木 お客様からも好評でしたね。3記事をひとつのセットとしているのですが、3記事合計で10万PVは獲得しています。ソーシャルメディアでのシェアは80万リーチくらいでしたね。インセンティブがないアンケートも設置したのですが、500くらい回答がありました。しかも、自由記入欄に3人に1人は、びっちり熱い思いを書きこんでくれて。
―そういった声はクライアントも嬉しいですよね。
青木 良品計画さまからも好意的なコメントをいただいていますので、ご満足いただけたとは感じています。
―「BRANDNOTE」では、他にも、キヤノンさんやKIRINさんなどとの取り組みを行っていますね。どの記事も、単なる新製品の紹介ではない切り口が印象に残ったのですが、クライアントの皆様は「BRANDNOTE」に何を期待しているのでしょうか?
青木 この取り組みに乗り出して初めてわかったのですが、業界でトップブランドを持つようなナショナルクライアント特有の悩みがあるんです。
―どのような悩みなのでしょうか?
青木 「企業文化」ですとか、「商品のサイドストーリー」、「人間らしさ」といったものを本当はもっと発信したいと思っているんです。でも、「こんな取り組みをしています」って自分たちの取り組みを紹介することは「弱者の戦略」です。強いブランドであるほど、嫌味なくやるのは難しいようです。
―自分たちで語りたいけど、語れないわけですね。
青木 消費者がトップブランドの中の人を想像すると、「スーツ姿の難しい顔をしたおじさん」が思い浮かんでしまうこともあると思います。私もこの取り組みで初めて気がついたのですが、商品を開発する人は、意外にも消費者の属性と近かったりします。例えば、20代の若手だったり、小学生の子供を持つ母親だったりするわけです。
―そういった部分が見えてくれば、消費者に親近感も湧きますよね。
青木 私たちの身の回りにある多くの「マスプロダクト」は、膨大な手間をかけて、丁寧に作られています。でも、私たちはそれを知らない。つまり、コンテンツとして価値があるんです。でも、企業主体で自らを語ると「いやらしさ」が出てしまう。ところが、他人に聞かれる形であれば、いやらしくありません。ですから、聞き手の存在が重要なのです。企業には「聞かれなければ答えられないもの」がきっとあるはずです。「聞き手」として、企業の魅力を引き出す役割が、「BRANDNOTE」に求められていると思いますね。