消費者とのコミュニケーションを重要視する「コンテンツマーケティング」、とりわけ「オウンドメディア」の必要性が叫ばれて久しい。Googleの検索アルゴリズムが良質なコンテンツを重要視するように変化していたり、ソーシャルメディアが台頭したりしていることがその要因だ。
株式会社クラシコムが運営するECサイト「北欧、暮らしの道具店」は、「ECサイトのメディア化」に成功した事例として広く知られている。さらに、昨年「BRANDNOTE」という記事広告型のネイティブ広告販売もスタート。今回は、注目を集めるクラシコムの取り組みについて、同社の代表取締役である青木耕平氏に話を伺った。
青木 耕平 株式会社クラシコム代表取締役。1972年生まれ。サラリーマンとしての勤務や、共同創業者として経験を経て、2006年、クラシコムを創業。2007年より、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」の運営を開始。
人気ECショップ誕生のきっかけは倒産寸前の社員旅行!?
―まず、青木さんご自身の足跡を教えていただけますか。
青木 私たちの事業は、通信販売業であり、メディア業であり、扱っているのはインテリアだったりしますが、元々はそれらとは全く関係ないところで仕事をしていました。
―どのようなお仕事を?
青木 サラリーマン時代には、短期間で急成長した会社に入社することが多かったですね。数社での勤務の後、これは前職にあたるのですが、共同創業者として、エレベーターなどの建築付帯設備のメンテナンスを行う会社を立ち上げました。
―そこから独立されてクラシコムを?
青木 そうですね、それが2006年のことです。当初は、「賃貸不動産のオーナーと借り手が、不動産屋を通さずに直接賃貸の契約ができるeマーケットプレイス」を開発して、それで上場を目指していたのですが、上手くいきませんでした。
― 現在運営されているECサイト「北欧、暮らしの道具店」を始めたきっかけは?
青木 2007年に北欧に行く機会がありまして、そこで北欧のヴィンテージ食器類を買ってきたのがスタートですね。
― 仕入れのために北欧へ?
青木 いえ、全く違うんです(笑)。今は取締役を務めている実の妹に、先ほどお話した事業を手伝ってもらっていたのですね。でも、上手くいかない。妹は縁があって北欧に行ったことがあったのですが、戻ってきてからも「もう1回北欧に行きたい」とずっと言っていまして。その時には会社にはまだ100万くらいキャッシュがあったので、「このままだとほっておいてもすぐ潰れるから、会社に金があるうちに行くか」くらいの気持ちで一緒に北欧へ行くことにしたんです。
― 社員旅行のような感じで(笑)。
青木 思い出作りの卒業旅行ですよね(笑)。とはいえ、私は根が商売人でもありますので、いざ行くとなると「ただ旅行してお金使うだけではもったいない」という気持ちが出てきまして。それで妹が「こんなの持って帰ったら日本で売れるんじゃない?」って言ったのが、北欧ヴィンテージの食器でした。
―「北欧、暮らしの道具店」の構想は、元々あったわけではなかったんですね。
青木 そうなんです。そうして、会社に残っているお金と、個人で持っている全てのカードの限度額まで使って買い物をしましたね。ところが、そんな感じで始めたので知識がありません。買った食器をどうやって送ったらいいのかも全く見当がつかなくて。
―どのように日本へ送ったのですか?
青木 「新聞紙で包めばいいんじゃないの?」って兄妹で話して、本当にそうやって送りました。いざ、日本で受け取るときに配達の方が気まずそうな表情をしているわけです。「なんでこんな顔をしてるの?」って思いましたけど、受け取った瞬間に「ジャリジャリジャリ」って感触が伝わって。食器の半分くらいは割れてしまっていましたね(笑)。
目先の売上よりも大切なECサイトの資産って?
– 無事に残った商品で「北欧、暮らしの道具店」をスタートされたのですね?
青木 そうですね。元々はネットオークションで売って利益をとろうと思っていました。とこが、商品の量が減ってしまい、全てを売り切っても利益が上がらなくなってしまいまし。そこで、ECサイトとして「北欧、暮らしの道具店」を立ち上げました。
―なぜECという形態を?
青木 私はビジネスが大好きで様々な事業をやってみたいと思っていたのですが、その中に「通信販売」がありました。そして、通信販売の重要な資産は「顧客リスト」なんです。「顧客のリストが増えれば、アプローチできるお客さんが増えて、経営が安定する」というモデルです。
―1回の売り切りではなく、長期的な視野があったわけですね。
青木 残った商品は利益の出せる量ではありませんでしたので、「顧客リストを作ること」を目標にECを選びました。
1億円の売上を出しても「やめよう」と悩んだ理由
―「北欧、暮らしの道具店」をリリースしてから、業績はいかがでしたか?
青木 2007年9月にリリースしたのですが、2011年には売上が1億円規模にまで成長しました。売上はどんどん伸びていたので「このままいけば5億、10億の売上にいくだろうな」みたいな感覚はあったのですが、「事業をやめるなら今だな」とも考えていました。
―成長されているのになぜですか?
青木 「従業員も借入も少ない今が、やめるチャンスだ」と思っていたんです。ECの基本的なセオリーというのは、「広告で新規のお客様に訪問してもらい、販促し、2回、3回とリピートする顧客に育てることで利益を出す」というモデルです。急成長させようと考えれば、新規顧客を集める広告への投資はやめられません。
―広告にはどれくらい投資を?
青木 「売上の20%を広告に再投資するべきだ」というのが、EC業界では通説です。ところが、私たちは20%も投資していたらとても黒字にはならないんです。
―それはなぜでしょうか?
青木 ECに限らず、通信販売業でよく扱われる商材には「化粧品」「健康食品」「食品」「アパレル」などが挙げられます。これらの特徴は、「短い期間で消費されること」と「粗利が大きいこと」です。しかし、私たちの商材であるインテリア雑貨はその特徴に当てはまりません。つまり、私たちと他のECでは収益構造が違ったんです。
―他のECと同じように広告費を使っていたら利益がでないわけですね。
青木 そうです。同じビジネスのやり方をしていると利益を上げることはできません。始める前からわかっていればよかったのですが、やってみてようやくそのことに気がつきました。実際には、販促費と広告費として15%ほどを投資」していたのですが、その体質のままでは、「売上5億で借入1億」みたいな状態が起えりえるわけです。
―そうなってしまうと借金をどうにかしない限り、やめたくてもビジネス自体をやめるわけにはいかなくなってしまいますね。
青木 ですから、「やめるなら今」と考えていたのですね。でも、その前に「最高の状況ってなんだろう?」って想像をしました。
―最高の状況?
青木 それは、「急成長をつづけ、マーケティングコストはゼロで、利益がバンバン上がる」という妄想のような状態でした。でも、この妄想が実現すれば粗利が倍になるくらいのインパクトがあります。それで、実現のための方法を考えたのですが、その結論が「メディア」だったんです。
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