今年1月「GoogleGlass」の販売終了が発表された。Googleは開発の継続を表明しているが、このニュースは少なからず業界に衝撃を与えた。「スマートグラス」といえば、「GoogleGlass」のような「ヘッドマウントディスプレイとカメラ」がいたものを想像する人も多いだろう。今年の秋、そのどちらも排除した非常にシンプルなスマートグラス「JINSMEME(ジンズ・ミーム)」が発売予定だ。
「自分を見る」というコンセプトに基づき開発されたそのスマートグラスを開発したのは、大手メガネメーカーの株式会社ジェイアイエヌ。いわゆるIT系企業ではない同社が、なぜスマートグラスの開発に乗り出したのだろうか?「JINSMEME」の開発チームである、ジェイアイエヌの一戸晋氏に話を伺った。
一戸 晋 いちのへ・すすむ 株式会社ジェイアイエヌR&D室リーダー。
青森市出身 。前橋工科大学工学部建築学科卒業後、ジェイアイエヌへ入社。有名建築家11名がメガネをデザインする企画の担当も。
眠たいことがメガネにバレる!?
―まず、今秋発売予定の「JINSMEME」の概要を教えてください。
一戸 簡単に言えば、昨今話題となっているウェアラブルデバイスのひとつです。メガネを利用してセンシング、つまり「メガネを掛けた人の生体情報を正確に読み取っていくこと」ができるんです。読み取った情報は、スマートフォンアプリによって可視化され 、「自分を見る」ことができます。
―どのような情報を読み取るのですか?
一戸 「JINSMEME」がセンシングする情報は大きく2つあって、「目の動き方」と「身体の動き方」を両方同時に取得できるんです。
―どのように情報を読み取るのですか?
一戸 まず、目の動き方ですが「眼電位」というものを読み取るんです。
―眼電位とは?
一戸 目の表面には、電位というものがあるんです。「前がプラス」で「後ろがマイナス」というようになっているんですが、目を動かすと、その電位が変化します。「JINSMEME」は、その「電位の変化を読み取る」ことで「まばたき」と「視線移動」を検出しています。
―どのように眼電位を読み取っている?
一戸 実は、左右のノーズパッドと、眉間の部分の三箇所が電極で、眼電位を読み取るセンサーになっているんです。
―ここがセンサーなんですか。とても自然で拝見しても気がつきませんでした。
一戸 ノーズパッドって、そもそも絶対メガネについているもので。もうひとつ、左右のレンズをつなぐ部分に電極をつければ、「基本的なメガネの外観のまま、眼電位が読み取れる」と開発がはじまったんです。
―もうひとつの「身体の動き方」は、どのように読み取っているのでしょうか?
一戸 「前後左右上下の動きがわかる3軸の加速度センサー」と「回転の方向がわかる3軸のジャイロセンサー」で読み取っています。実は、この「3軸と3軸で6軸のセンサー」が頭部にあることに大きな意味があって。
―それはなぜですか?
一戸 人間の頭ってボウリングの玉と同じくらいの重さがあるんです。意外と重たい。でも、人間はキレイに二足歩行ができる。それは「身体の軸上に頭がバランスよく乗っているから」
なんです。その「頭がどう動いたのかを知ること」は、実は「身体がどう動いたのかを細かく知るための情報」でもあるんです。スマートフォンやスマートウォッチにも、同じようなセンサーは搭載されていますが、これを頭部で利用できる点は、「JINSMEME」の大きな特徴だと思いますね。このセンサーは、耳にかけるテンプルの先端にあります。
―「目の動き方」と「身体の動き方」を読み取ると、何がわかるのですか?
一戸 読み取った動きを私たちの独自アルゴリズムで処理することで、例えば「眠気」や「集中度」がわかるようになります。こうした、今まではわからなかった「形のない情報」を知ることができるんです。
―「JINSMEME」開発の経緯について教えてください。
一戸 弊社の代表の田中が、脳機能を専門とされている東北大学の川島隆太先生のところへ伺って「なんかできることないですかね?」ってブレストしたのがきっかけなんです。
―その時には、「JINSMEME」の構想があったわけではなかった?
一戸 そうですね。ブレストを繰り返しているうちに、川島先生と共同研究されていた芝浦工業大学の加納慎一郎先生が「三点で眼電位を取得できる技術」を編み出されて、「これならメガネに使えるかもしれない」と構想が出来上がっていきました。
―三点で眼電位を取るというのは、難しいことだったのですか?
一戸 眼電位そのものは、十数年前から実験領域で使われていたのですが、それまでは四点で取得していたんです。三点で眼電位を取得できることによって、先ほどもお話しましたが「メガネの外観を損なうことなく利用できるかもしれない」という考えに至りました。
―三点取得の技術があったから、「JINSMEME」の構想が生まれたのですね。
一戸 もうひとつのきっかけは、2012年に関越自動車道で起きた高速バスの事故なんです。弊社の代表である田中は群馬出身ですが、あの事故は田中の地元のすぐ近所で起こってしまって。事故の原因は過酷な労働条件による居眠り運転だと報道されていました。
―眠気が予測できたかもしれない?
一戸 そうなんです。当時はまだ「目にこんな動きがあったら眠気がある」というところまで落とし込めていたわけではありませんが、「眼電位で読み取った情報で眠気がわかるんじゃないか」とは言われていたんです。「せっかく開発のチャンスがあるから、世の中に貢献できるものを作ろう」とプロジェクトが進むタイミングにはなりましたね。
―開発において一番苦労されたことは?
一戸 まだ誰も作ったことがないモノですから、本当に多くの苦労がありましたね。「眼 電位情報を動きながら、それもリアルタイムで取得しなければいけない」とか、「眼電位 を取得する電極を金属だけでつくらなきゃい けない」とか細かいことはキリがないのです が、一番のポイントとして言えるのは「普通のメガネに見えるかどうか」という点です。
―ディスプレイやカメラがない点もスマートグラスとしては珍しいですよね。
一戸 そういった機能があることで可能になることは当然増えるので、もちろん搭載の検討はしています。でも、「それは我々がやることじゃないよね」と早い段階で判断しましたね。今、ウェアラブルと呼ばれている製品の多くに共通して言えることは「デバイスを身に付ける負担をユーザーに強いている」ということで、それは問題だと思っています。
―確かに。身につけることに抵抗がある製品も多くありますよね。
一戸 メガネメーカーである私たちのポリシーで言えば、「掛けたくなるデザイン」であるべきなんです。私たちは「メガネを掛けなければいけない人」だけではなく、「メガネを掛けたくない人」にもメガネを使ってもらえるように、デザインや機能を提案していくという取り組みを何年も行なってきました。
―いわゆるIT企業ではなく、メガネを作ってきた御社ならではの発想かもしれませんね。
一戸 「普通に使えるモノ」ではないから、忘れちゃうし、飽きちゃうし、結局使われなくなる。「JINSMEME」は「何の違和感もなく日常生活に溶け込む製品」にしようと初期の段階でジャッジできましたね。いくらイノベーティブでも「山手線で普通に掛けられるメガネ」じゃなければダメなんです。
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