政府が掲げる「一億総活躍社会」のビジョンを実現するための最大のチャレンジと位置づけられている「働き方改革」。「長時間労働の是正」「リモートワーク」「副業・兼業」など多くのトピックに関心が集まっている。しかし、政府主導の有無に関わらず、「VUCA」時代に対応するためには働き方のアップデートは避けられない。
「VUCA」とは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」から成り立つ略語で、「変化が激しく予測が難しい現代」を表す言葉として注目されている。この「VUCA」時代への対応を提唱するのが、トレジャーデータ株式会社が主催するイベント「TREASURE DATA “PLAZMA”」だ。「社会をデジタルアップデートする」をミッションに1年をかけて開催される同イベントでは、イノベーションに取り組むキープレイヤーによる基調講演、テック企業のソリューション紹介、エンジニア向けテックトークなど多くのコンテンツが展開される。
本稿では「『VUCA』時代の働き方」をテーマに、「TREASURE DATA “PLAZMA”」のプロデューサーを務める株式会社HEART CATCHの西村真里子氏、5月22日の基調講演に登壇するコクヨ株式会社の若原強氏、エイベックス株式会社の加藤信介氏による鼎談をお届けする。[SPONSORED]
西村 真里子(中央)にしむら・まりこ:株式会社 HEART CATCH 代表取締役。国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでエンジニアとしてキャリアをスタート。アドビシステムズ、バスキュールなどでの勤務を経て、2014年に独立。
加藤 信介(左)かとう・しんすけ:エイベックス株式会社 グループ執行役員 CEO直轄本部長。1981年生まれ。2004年入社。営業・販売促進・マネジメントと音楽事業に長く携わった後、2016年に社長室へ異動し構造改革や新規プロジェクトに参画。2018年4月より現職。
若原 強(右)わかはら・つよし:コクヨ株式会社「ワークスタイル研究所」所長。東京大学大学院工学系研究科修了。SIer、コンサルティングファームなどでの勤務を経て、2011年にコクヨへ入社。2016年より現職。2017年には コクヨとの「複業」でコンサル活動も開始。
「会社がなくなる時代」に経営者に求められるコト
西村 まず、経歴をご紹介いただけますか。
若原 私はSIer、戦略コンサル、広告代理店を歩みまして、2011年にコクヨへ入社しました。現在は「ワークスタイル研究所」の責任者を務めています。新しい働き方を世界中から情報収集して発信すること、その中からおもしろいと感じた新しい取り組みを実験実証することがミッションです。
加藤 私は2004年に新卒でエイベックスに入社しました。そこから営業、販売促進、アーティストマネジメントなど、どちらかと言えば事業側でアーティストを支える仕事が主でしたね。構造改革後の現在は、CEO直轄本部にいます。担当するミッションはまず、グループ戦略の領域ですね。経営と一体になった戦略人事やオフィス環境、働き方などが含まれます。また、コーポレートの広報、マーケティング、データアナリティクスも担当していまして、この4月からは新規事業もみることになりました。
西村 今回は「『VUCA』時代の働き方」がテーマなのですが、過去と比較して「働き方」の変化を感じますか?
加藤 本当に様々なものが変わっていると思いますね。働き方が変化している中で、「会社」という「箱」が社員に対して持つ力が、いい意味で弱まっていくと思うんです。私たちが目指しているのは「エイベックスの次世代リーダーを作る」ことではありません。仮に会社がなくなっても「1人で通用できる人材を作る」ことが大切なのです。ですから、業務を定型的に回していくのではダメで、「(その)人がやりたいこと」「(その)人の才能を最大化すること」にフォーカスすることが重要だと捉えています。
若原 とても共感します。優秀な人材を自社だけで囲い込んで、自社の利益を追求するっていう考え方はもう古いんです。会社も雇用もいつなくなってもおかしくありません。ですから、「会社がなくなっても、1人で生きていけるように育てる」というスタンスがすごく大事だと思います。それは、これからの経営者に求められる要素のひとつだと思っていて、今後はそういう経営者の下に優秀な人材がどんどん集まってくるような気がします。
10年後には「名刺」が消える?
西村 テクノロジーの急発展についてはどう考えていますか?
加藤 エンタメをビジネスにする私たちにとって、技術の変化にどう対応していくかはとても重要なポイントです。ただ、それは細かい技術をひとつひとつ追いかけるということではありません。テクノロジーの発達という世の中の大きな流れが、「ユーザーの価値観やニーズにどのような変化をおよぼすのか」という大きなところを掴んでいくってことが大切だと思います。あとは順番ですよね。
西村 「順番」とはどのようなものでしょうか?
加藤 「実現したい未来」や「作りたいコンテンツ」を実現するためには、どのような技術が必要なんだろうか、という順番で考えるべきだと思うです。ですから、細かい変化を全てキャッチアップすることまではそれほど必要ではないと思っています。
西村 そうですね。「本質的に何をやりたいのか」が求められている時代ですね。若原さんは、テクノロジーの発展や社会の変化によってどのようなものが変わると思いますか?
若原 「ワークスタイル研究所」では、未来の働き方を考えることがテーマです。それと表裏一体で、「10年後になくなる概念リスト」を作っているんですよ。そのリストには例えば、「名刺」があります。多様なキャリアを歩むようになる人が増えますから、名刺交換は別の手段に置き換わるのでは。
加藤 名刺は絶対なくなりますよね。
若原 私は地方の出身で、親も地方の公務員なんですね。元々は地元の大学に入って公務員になればいいと考えていました。もちろん、それが悪いキャリアだと言いたいわけではありません。でも、そう考えていた自分が何社も転職して、海外に行ったりして、現在は「複業」もしているんですよ。こうなるとは全く予想してなかったし、同じような人がたくさん出てくるでしょう。でも、こういった人生は「コクヨの名刺1枚」では伝わらないわけです。
西村 複業では何をされているんですか?
若原 コクヨに入る前のキャリアを活かしてマーケティングやブランディング、新規事業の立ち上げなどのコンサルティングを個人でやっています。
西村 複業を始めたきっかけは?
若原 複業している人ばかりが集まるイベントに参加したことがきっかけでした。そのイベントで皆さんがお話しされていたことがとても刺さったんです。「子供にとっての社会・仕事の窓口は親だから、家庭で仕事の愚痴をこぼしたくない」「じゃあ、複数居場所を持って、『こっちじゃできないけど、あっちではやりたいことができる』とバランスをとれば、楽しく働く姿を子供に見せられるんじゃないか」と皆さんが言っていて、それがいいなと感じました。
西村 実際に複業を始めてみていかがですか?
若原 ひとつの会社で働いていると、その会社で働くことを前提として、「この先の人生どうしよう?」と考えると思います。複業を始めて、複数の居場所を持ったときに、まず、「自分は人生をどう過ごしたいんだっけ?」と考えるようになったんですよね。
西村 そこには会社がない?
若原 そうなんです。「過ごしたい人生」がまずあって、「この部分は今のコクヨでできるから、コクヨでやろう」「あの部分はコクヨじゃない会社のほうがいいかもしれない」と、考える順番が逆になったんです。複業って、「お小遣い稼ぎ」という文脈で語られることもありますが、それは本質ではないと思います。「人生の考え方を変えるための複業」に取り組む人も増えていくのではないでしょうか。
「オフィス1.0」からコミュニティへの脱却
西村 他にもなくなると考えている概念は?
若原 「毎日必ずオフィスに来て働く」ことはなくなるでしょう。それに伴い「リモートワーク」もなくなります。「リモートワーク」は「オフィスに来て働くのが当たり前」という前提がある概念ですよね。それが崩れて、様々な場所で均等に働き分けるような時代になると、リモートかどうかは関係なくなり、従来までのオフィスの考え方も変わります。
加藤 オフィスの考え方はまさにそうですね。エイベックスは青山に17階建の自社ビルを持っています。その2階のコワーキングスペースと、17階の食堂は外部の人が入れる限定的な混ざり合いを実施しています。でもこれって「オフィス1.0」だと思っています。最終的には、エイベックスの社員だけが働くビルにはしたくないんです。執務フロアにも外部の方にどんどん入って混ざり合ってもらい、「ビル1棟まるごとエンタメのコミュニティの箱になる」って事が私たちの目標なんですよね。コミュニティ化していきたいんです。
若原 それおもしろいですね。現在、カフェで働く人は増えてきています。これは「パブリックだった場所で働くようになる」という現象です。それとは反対に「働く専門の場所がパブリックになる」という動きですよね。私はオフィスの「遠心力」と「求心力」がキーになると思います。ワーカーが外に出る流れは避けられないので、いかに魅力あるオフィスを作るかが大切なんです。
加藤 まさにそうです。今はコワーキングスペースを運営したり、社員食堂ではアーティストにライブをしてもらったりしているのですが、中長期的にはそういった施策だけではなくて、全ての場所で混ざり合うコミュニティにしていきたいんです。
西村 既に何か構想はあるのでしょうか?
加藤 例えば、いまひとつ空いているフロアがあるのですが、外部の事業者にコワーキングスペースを運営してもらってはどうかと考えていたりします。
西村 おもしろいですね!
加藤 コワーキングスペースは様々な会社が持ち始めていますが、囲い込むだけでは意味がありません。私たちのコワーキングスペースは現在100席ありますが、これが埋まってしまうと新しい出会いはありません。では、意味のあるコミュニティにするにはどうするかと考えると、「それぞれの会社が持ってるコミュニティを共有し合うこと」が大切だと思うんです。
西村 異なる背景を持つコワーキングスペースの両方に参加できるイメージですよね。
加藤 そうですね。「なんでもかんでも自分たちでやらない」ことを大切にしたいと考えているんです。オフィスの目指すべき姿を実現するために社内だけでやるわけではありません。新しい自社ビルを考える実験にしたいので、賛同してもらえる人たちと一緒に取り組んでいきたいですね。
若原 世界を見ると「自分たちでコワーキングキングスペースを持たないコワーキングスペース事業者」も登場しています。ニューヨークの「Spacious」は、高級レストランをネットワークでつないで、アイドルタイムをコワーキングスペースとして使えるサービスを提供しているんです。月額129ドルでネットワークされたレストランのお昼の後から夕食前の時間を利用できます。
西村 おもしろいですね。コワーキングスペースといえば、コクヨさんがヒカリエで運営している「Creative Lounge MOV」は日本での先駆けですよね。当時、コミュニティマネージャーの存在に新鮮味を感じましたが、どのようなスキルが必要なのでしょうか?
若原 コミュニティマネージャーは、「スナックのママ」のような存在です。今この場にはどのようなスキル・興味を持っている人がいるのかをだいたい把握していて、マッチングすることもありますね。今はこのマッチング機能をテクノロジーで代替するコワーキングスペースも出てきています。
西村 海外のコワーキングスペースですか?
若原 オランダ発の「Seats2meet」ですね。この「Seats2meet」では、入館時に自分のスキルを登録すると無料で利用することができるんですよ。コワーキングスペースにいる人には「今どのようなスキルを持った人がいるのか」が全てオープンになって、自由に相談してもいいというルールなんです。
加藤 単にテクノロジーの力だけではなくて、「ここは誰に対しても話しかけていい場所ですよ」っていう空間づくりも大切なんでしょうね。そうしないと、何もコミュニケーションは生まれないのだと思います。
「暮らす」と「働く」がクロスする
西村 今後どのような働き方をしたいですか?
若原 色々とタガを外したいですね。私は複業を始めた瞬間に世界が広がったので、もう1社くらい自分でまた会社を作ろうと思っているくらいです。今一番興味があるのは多拠点居住ですね。複数拠点に住居を構えて生活してみたいのですが、家族会議が難航しています(笑)。
加藤 私はエンターテインメントの仕事が好きなので、このまま続けようと思っています。ただ、今は階段をひとつずつ上がる成長だけではダメで、「非連続的な成長」が必要です。それがイノベーションですよね。
西村 それは会社の成長?
加藤 会社にも個人のキャリアにも「非連続的な成長」が必要だと思っています。個人の叶えたいことや熱意を最大化することによって、会社も成長し、イノベーションにつながります。そして、それはもちろん個人のスキルやキャリアにも通じています。「石の上にも3年」とか「まずは先輩から5年間学んで」みたいな仕事のスタイルって崩壊していますよね。私自身は、会社から「非連続的な成長」ができるチャンスをたくさんもらってきました。同じような経験を若手にたくさん積ませてあげたいですね。
西村 最後に私達はこの先どのような働き方をするようになると思うか、将来の予測をお願いします!
若原 ある意味原点回帰しているといいますか、「働く」と「暮らす」が曖昧になり、一緒になると思います。例えば、昔の農家の暮らしは家事をして、農作業して、と交互に入り組んでいたと思うんです。現在、多くの人が9時から17時までは仕事をして、その他をプライベートの時間としています。しかし、会社の制度が変わったり、テクノロジーが普及することで、いつでもどこでも仕事ができるようになりますから、隙間時間で仕事をしたり、隙間時間で家事をしたりするようになるのではないでしょうか。
西村 とても共感します。私は22世紀にはみんなが「百姓」になると思っていて。
加藤 それ、同じことを言おうとしていました! 「百の仕事を持つようになる」ということですよね。
西村 そうなんです。結局1人で100個くらいの仕事をやるようになると思っていて。そして、そのひとつひとつにモチベーションとか楽しさを持ちながら、ポジティブに生きていく社会になっていくと考えています。
加藤 少し付け加えると、労働は単純にお金を稼ぐためのものではなくなると思います。プライベートでお金を使うためだけの労働がなくなってハッピーな社会になるのではないでしょうか。