アメリカで軍事用語として生まれた「VUCA(ブーカ)」という言葉を耳にする機会が増えている。「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を並べたもので、「変化が激しく予測が難しい現代」を表す言葉として使われるようになっているのだ。
この変化を引き起こしている要因のひとつは、間違いなく急速なテクノロジーの発展だ。今や全ての業種がテクノロジーとは無縁ではいられない時代に突入しており、「デジタルトランスフォーメーション」の必要性があらゆる場所で声高に叫ばれている。
しかし、日本においてはまだまだテクノロジーへの投資は遅れているのが実情だ。一般社団法人電子情報技術産業協会が2017年に実施した調査によると、「IT投資が極めて重要」だと回答した国内企業は26%。2013年の調査における16%という数字と比較すれば約1.6倍に増加しているものの、「IT投資が極めて重要」だと考えるアメリカ企業は2013年時点で既に75%にまで達していた。
こうした日本国内の状況を打破すべく、2018年2月から東京で開催されるイベントが「TREASURE DATA “PLAZMA”」だ。このイベントは「社会をデジタルアップデートする」をミッションに、トレジャーデータ株式会社が主催。同社は、データから顧客を理解し、顧客と最適なコミュニケーションを取り、顧客のエンゲージメメントを高めるための「TREASURE CDP」というソリューションを提供する企業だ。イベントでは8名による基調講演やユーザー企業の講演、パートナー企業のソリューション紹介、エンジニアによるテックトーク、スタートアップ企業のブース出展など多くのコンテンツが展開される。
今号では「TREASURE DATA “PLAZMA”」特集として、イベントをプロデュースする株式会社HEART CATCHの西村 真里子氏、基調講演を行うX-TANKコンサルティング株式会社の伊藤 嘉明氏、そして発起人であるトレジャーデータの堀内 健后氏による鼎談をお届けする。 [PR]
(読了時間:訳7分)
伊藤 嘉明(いとう よしあき):X-TANKコンサルティング株式会社 代表取締役社長兼CEO。ハイアールアジアグループなど多くの企業の業績改善を達成し、2016年に独立。2017年、ジャパンディスプレイCMOに就任。
西村 真里子(にしむら まりこ):株式会社HEART CATCH 代表取締役。国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでエンジニアとしてキャリアをスタート。アドビシステムズ、バスキュールなどでの勤務を経て、2014年に独立。
堀内 健后(ほりうち けんご):トレジャーデータ株式会社 マーケティングディレクター。東京大学大学院修士課程修了。プライスウォーターハウスクーパースコンサルタントなどでの勤務を経て、2013年にトレジャーデータに参画。—
ウェブがあればリアルは要らない?
堀内 トレジャーデータは、2011年にシリコンバレーで3名の日本人により創業されました。日本支社を設立したのは2013年の2月で、私はそのタイミングでジョインしています。現在、日本で展開を始めて5周年を迎えました。そしてこの度「TREASURE DATA “PLAZMA”」というイベントを開催します。
伊藤 これまでにもリアルなイベントは開催していたんですか?
堀内 大規模なイベントはこの5年で初めてですね。たいしたウェブサイトを作っているわけでもないのですが、以前は「ウェブを見れば情報は取れるはず」って思っていたこともありまして(笑)。私たちが提供する「TREASURE CDP」はデジタルマーケティングのための基盤です。例えば、スマホアプリからユーザーのデータを収集し、データを元にセグメントごとに最適なメールを送るといったことができるんです。こうした施策は、200社以上の私たちのパートナー企業が提供するソリューションと連携して実現するのですが、イベントにはその中から約25社が参加してくれます。また、ユースケースとして20社以上のお客様にも登壇してもらうんです。
伊藤 こういったイベントを開催するきっかけは?
堀内 昨年の6月に、5,000社以上のスタートアップが出展する「Viva Technology」というパリで開催されたテクノロジーの展示会に登壇しました。このイベントではスポンサーである大手企業が課題を公開し、スタートアップが課題を解決するソリューションを提案、そして大手企業のブースに出展するんです。大手企業とスタートアップの関係性は衝撃でした。この「Viva Technology」に影響を受けて「日本でも刺激的なイベントを開催してみたい」と西村さんに相談したんです。
西村 私は2017年5月に神戸市で開催された「078Kobe」というテクノロジー、音楽、ファッションをテーマにしたイベントにプロデューサーとして関わっていました。その運営に携わる神戸市の方から「とがっているスタートアップ企業の話を聞きたい」とリクエストがあったんですね。そこで、知人に堀内さんをご紹介いただき「078Kobe」で一緒に登壇いたしました。それがきっかけで堀内さんとよくお話するようになり、「TREASURE DATA “PLAZMA”」の構想を聞いたときに「是非、東京を、日本をデジタルアップデートするイべントにご一緒させてください」と賛同したんです。
堀内 その後、伊藤さんの講演を拝見する機会がありました。ハイアールの再建などでメディアにもよく取り上げられていたので、伊藤さんのことは存じてはいたのですが、その時初めてお話を聞きました。「現在はVUCA時代だ」とおっしゃる伊藤さんの言葉を多くの人に聞いてもらい、これからの時代に向けてマインドをアップデートして欲しいと思い、基調講演をお願いしたんです。
大手とスタートアップは「水」と「油」
伊藤 僕はアジア全体を眺めてみても、日本のマインドが一番遅れていると感じています。ベンチャーやスタートアップの方たちと会うと「まだまだ日本も大丈夫だ」と思えるのですが、大手の企業にはいわゆる「大企業病」が蔓延して久しいんです。さきほどの「Viva Technology」の話もそうですし、シリコンバレーを見てもそうですが、欧米では大手企業とスタートアップがパラレルな関係性で動いていますよね。それが日本の大手企業にはまだまだないと感じていますね。
堀内 「大手がまだスタートアップとは仕事をしない」と伊藤さんは感じているのですか?
伊藤 近年では、若手に限らず大手企業の社員の中でも「共創」がキーワードになっています。
堀内 確かによくイベントを一緒に開催したりすることはありますよね。
伊藤 でも、単にイベントをやるだけでは共創ではありませんよね(笑)。アメリカでは大手企業とスタートアップの役割分担がきちんとできています。しかし、日本の場合は大手企業が「何かしらアイディア持ってるんじゃないの?」とスタートアップやベンチャーに丸投げするわけです。これは共創とは言えませんよ。
堀内 「なんかない?」ってやつですね(笑)。
伊藤 そうそう(笑)。パラレルな仕組みにはとてもなっていないんです。僕はこれを変えなければいけないと考えています。
堀内 大手企業の側から変えていく?
伊藤 僕はこれまで日本コカ・コーラ、DELL、レノボ、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、ハイアールグループなど大手の企業で働いてきました。業界も全くバラバラです。いくつもの企業で業績を改善していくうちに「日本を覚醒させることが自分のライフワークだ」と自分の歩む道が見えたのですが、同時に「大企業にばかりいたらダメだ」と気がついたんです。それは、日本の大手企業では人が変わろうとしないからです。
堀内 変わらないとは?
伊藤 スタートアップやベンチャーの人は「世の中を変えてやる」っていうポジティブなマインドが当たり前ですよね。でも、大手企業の人たちは「変わりたくない」と思ってる人もかなりの一定数いるわけです。ですから、水と油なんですよ(笑)。これではパラレルな関係ができるわけがありません。僕はこういった環境でなんとか大手企業を変えてきましたけど、それには1社につき2年、3年といった時間が必要になるわけです。
堀内 なるほど。それでは「日本を覚醒させる」という伊藤さんの目標には時間が足りませんよね。
伊藤 大手企業が変わらないのであれば、日本の8割を占める中小企業、ベンチャーがドライバーになるんです。スタートアップ企業にはとても優秀な若い人たちが多くいます。でも、ビジネス経験が少ないからスケールできていないこともありますよね。そのお手伝いを僕ができればいいなと考えました。そこで、2016年に起業したんです。
堀内 ただ、昨年の9月に株式会社ジャパンディスプレイにCMOとして参画されましたよね。ジャパンディスプレイはソニーや東芝、日立などのメーカーが統合された、いわば「大手企業の連合」とも言える企業ですが、参画されたのはなぜですか?
伊藤 起業してからは大手企業に関わるつもりはなかったのですが、ジャパンディスプレイの会長兼CEOの人柄に惚れたのが9割ですね。「日本を一緒に建て直していこう」と声を掛けてくれまして、「僕の力が役に立つなら」と決めました。ありがたいことに大手側から需要があるのであれば、大手側とスタートアップ側のブリッジになるのが僕の役割だとも思っています。
「使えない人材」はなぜ生まれる?
堀内 私たちスタートアップはもちろん出資してもらったお金で事業を始めます。でも、大手企業に対価を払ってテクノロジーを使ってもらうことが不可欠なんです。大手企業に導入してもらうことで、私たちは課題を学ぶことができ、その課題を解決するためにより成長することができます。ですから、伊藤さんのような方に大手側から、「一緒にやろう」と言ってもらいたいんです。どのようにすれば、そう思ってもらえるでしょうか?
伊藤 すごくいいポイントですね。結局はマインドセットです、人なんですよ。スタートアップとのブリッジングをするためにキーになるのは、大手企業の30代、40代の人材です。ただ、今の日本には崩れ始めたとはいえ年功序列、終身雇用の仕組みが残っています。日本の30代の人材にはとても優秀な人がたくさんいるんです。ところが、この仕組みの中で何年もトレーニング受けていると「仕事ができない人材」になってしまうんです。
西村 大手企業のトレーニングを受けることで? それでは、大手企業の中でどうすればドライブできる人材になれるのでしょうか?
伊藤 仕組みを壊すしかありませんね。
西村 壊す? どのように?
伊藤 例えば、今とてもオシャレなワーキングスペースで鼎談を実施していますよね。スタートアップの人たちにとって、こういった場所で働くことは「常識」です。ところが、大手企業の人がここで働こうと思ったら、承認を得るために「ハンコのスタンプラリー」が必要になってきます。そもそも、こういったワーキングスペースがあることを知らないかもしれません。つまり、大手企業にとっては「非常識」なわけです。ですから、僕のような「非常識」を知っている人間がマネジメントに入って改革していく必要があります。
堀内 でも、多くの大手企業を一度に改革することはむずかしいわけですよね?
伊藤 そうなんです。問題はスタートアップがまだまだリスペクトされていない点にあると考えています。経済のドライバーとしてはキャッシュを持っている大企業がまだまだフィーチャーされがちです。でも、今のスタートアップは本当に活気づいていて、そういった人たちが日本の経済を動かし始めているわけです。その状況がきちんと伝わっていけば、大手企業の中でもスタートアップへのリスペクトが生まれると思うんです。
西村 そのためにはメディアの力が必要になりそうですね。ただ、現在メディアが取り上げやすいのはブランド名がある企業です。知名度がなくてもどんどん拾い上げることが求められますね。
伊藤 おっしゃるとおりで、メディアが絶対に必要だと考えています。日本は特にブランドに弱い国ですよね。本来はどのタイミングでブランドを見るかによって、その力にはアップダウンがあるはずです。実際に数年で傾く企業はたくさんあるんです。ところが、日本では「あ、聞いたことあるね」となれば「すごいブランド」だと認識されてしまいますよね。メディアの力をお借りして、その考え方が変わるきっかけを提供していかなければいけないと僕は考えています。
堀内 私たちの営業活動の中で、「大手企業の導入事例を見せる」というやり方がとても効果的です。次の世代のスタートアップにそのノウハウを教えてもいいのですが、その必要もなく大手企業が「今度はあのベンチャーと組んでみよう」というマインドになっていて欲しいですね。
「戦い」を「略して」250社を獲得!
伊藤 現在トレジャーデータさんはどのくらいお客様がいるのですか?
堀内 250社くらいですね。
伊藤 かなりすごい数ですよね。
堀内 ありがとうございます。エンタープライズ製品としては結構がんばっていると思います(笑)。
伊藤 どのようにお客様を獲得したのですか?
堀内 私たちは今でこそ「顧客を理解するデータプラットフォーム」としてプロダクトを展開していますが、その核はデータベースです。日本で営業を始めた当初、どのようにこのデータベースを売るのかを考え、まず大手企業の情報システム部門に行きました。ところが全く理解してもらえなかったんです。まだまだ黎明期である私たちのようなクラウド型データベースを導入するには、「ポリシーの変更などが必要で、その対応が手間になる」というのが理由でした。
伊藤 いかにもありそうな話です(笑)。
堀内 「いやいや、サーバーの面倒を見なくてよくなるんですから、その時間で他の生産性の高い業務をしましょうよ」と提案しても難しかったですね。そこで戦略を変更してマーケティング部門を攻めることにしたんです。マーケの担当者は年間予算を更新して、成果をあげなければいけません。そのために活用してもらおうと考えたんです。
伊藤 それはすばらしい考え方ですね。
堀内 私たちはIT出身でしたから、やっぱりまず情シスを攻めに行ってしまいました。もうひとつ、大手のSIerやITベンダーに行くことも考えていたんです。でも、私たちのサービスは月額も安く、クラウド型ですからイニシャルコストも発生しません。つまり彼らがマージンを取れないので、販売を代理してもらうのはまだ難しいだろうと。代理店がいないので直販しなければいけない、でも情シスには売れないのでマーケに行ったわけです。
伊藤 戦略って「戦い」を「略す」ことだと私は考えています。これはまさに情シスとSIerとの戦いを略したベストプラクティスですね。
西村 これは日本独自のアプローチですか?
堀内 アメリカでも同じ方法をとりましたが、日本の方が早かったですね。大手の企業が密集しているという東京のメリットもあるので、実はお客様の数はアメリカと同じくらいなんです。ただ、アメリカにはとても規模が大きな案件がいくつもあるので、案件規模はアメリカがリードしています。
伊藤 それも大きく変わりますよ。アメリカでは経営とITが直結していますから、IT投資の額も大きくなっています。しかし、日本では残念ながら経営層にまだまだITへの投資が理解されていません。でも、この状況が変わったときに日本の売上も大きくなると思いますね。
堀内 確かに現在は部門単位で導入されるお客様が多いです。これまでは経営層に「クラウド型のデータベースを入れてください」と言ってもメリットを感じてもらえませんでした。でも、ユースケースが出てきたことで「データから新規顧客を開拓できます」「生活者の行動から、生活者を理解できます」といった切り口で見せれば、経営層にもメリットを理解してもらえつつありますね。
「プロの意識」は高校生でも知っている
伊藤 現在は大手企業の経営層も危機感を持っています。10年前はITが重要だとわかっていても、それほど本気ではありませんでした。しかし、この5年は「このままでは危ない」と経営陣は真剣に感じ始めています。また、現場の若手はわかっているんです。中間層がこの温度差についていけずに取り残されていますね。
堀内 私たちのお客様のボリュームゾーンは、35〜45歳くらいです。彼らが役員を説得してくれると、導入まで進んでいますね。
伊藤 トップと現場から変化が起きていく潮流は増えてきていますね。
堀内 伊藤さんのジャパンディスプレイ参画もまさにそのパターンですよね。会長が危機感を持っていて、プロ経営者でありながら40代と若手でもある伊藤さんに声を掛けたという。
伊藤 そうですね。日本で「プロ経営者」と呼ばれる経営者に40代はあまりいないと聞きます。
堀内 でも、経営者ってそもそもプロじゃなければ困りますよね(笑)。
伊藤 そのとおりですよ(笑)。これはメディアの方にも言いたいのですが、「プロ経営者」なんて言葉は使わないで欲しいですね。そもそも、プロとアマの差なんて「お金をもらっているかどうか」しかありません。サラリーマンだって、給与をもらっているのだから「プロのサラリーマン」なんですよ。
西村 確かにそうですよね。
伊藤 新卒の社会人だって、毎月23万円もらえばもうプロなんです。
西村 その考え方は非常に大切だと思います。私はIBMでエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのですが、その後マーケターやクリエイティブプロデューサーになり、様々なキャリアを経験しています。ただ、仕事の内容が変わっても「プロフェッショナルな仕事をする」というマインドを常に変わらず持ち続けています。これはシリコンバレーなど海外の人たちと働きながら身についた感覚ですが、彼らって「組織の一員ではなくて、自分がプロの職業人」だという意識を持っていますよね。ところが、日本だと「自分はプロじゃないから」と謙遜したりします。
伊藤 僕はそれは「逃げ」だと思っています。謙遜して「プロじゃないから」なんて、海外ではありえない発言ですよ。
西村 それを口にした瞬間に、同じステージには立てなくなりますよね。
伊藤 会議も同じですよ。「しゃべらないなら出席するな」という感覚があります。ところが日本では「20名も会議に出席して、そのほとんどが何も話さない」なんてことは日常茶飯事です。
西村 「お金をもらえば誰だってプロ」というマインドを持つだけで、生産性があがったり、ポジティブに仕事ができるようになると私は思うんです。
伊藤 スタートアップにはそのマインドがありますね。でも、日本では実は高校生の頃に大きなポイントを迎えているんです。高校の文化祭では、お店を出して来場者にコーヒーを50円で売ったりしますよね。ここでプロとしての感覚がわかるはずなんですよ。プロの感覚を学べる日本の教育は悪くないと僕は考えています。でも、いざ社会人になると「自分はまだまだなので」なんて意識になってしまう。一度プロとしての感覚を体験しているのですから、これはマインドの問題なんです。
「やりたくない理由」を日本人が並べるワケ
堀内 仕組みを壊して、さらにマインドを変えることが必要なわけですね。
伊藤 テクノロジースタートアップのみなさんは、大手企業を変革するドライバーだと思っています。ベンチャーではひとりでやっているような業務を、大手企業だと10人、ときには20人掛けて行なったりするわけですよね。テクノロジーが進むことで、そういった人材は生産性の観点から見れば不要だということが可視化されていきます。会議に出席しても発言しない人、「いえいえ、自分なんて」と謙遜してる人たちが存在できる場所がどんどんなくなってくるわけです。
西村 要らなくなりますよね。
伊藤 つまり、テクノロジーを怖がる企業が「変わらない企業」なんです。トレジャーデータさんのようなテクノロジー企業が躍進することで文化が変わることに期待しています。
西村 この1月にラスベガスで開催された展示会「CES 2018」に行ってきたんです。今は音声認識がトレンドです。音声による制御でトイレのフタを開けたり、コーヒーを淹れたりするプロダクトが出ていて、私はおもしろいと感じたんですよ。ところが、展示を見終わった後に日本からの参加者と話をすると「あれだけ音声認識があっても、日本人って人前でしゃべるのが恥ずかしいから普及しないよね」みたいな否定から入るんです。「自分はこう思う」ではなくて、仲間内で「ダメだよね」って否定しているのを聞いて「日本ヤバイ」って感じましたね。
堀内 私たちが提案しても「やれない理由」をたくさん言われることもあります。
伊藤 そのスキルセットはおそらく日本人が世界一ですね(笑)。
堀内 ホントですか!?(笑)。やれない理由、やりたくない理由を先に並べてもなにも生まれないので、「『やりたくない』と言うより、その中でもどうにかやれることを考えて、その部分だけ先に進めませんか?」と提案し続けています。
伊藤 私も同じようなことを10年くらい経験していますよ(笑)。
堀内 それでも伊藤さんは大手企業を変えてきたわけですよね。どうして変えられるんですか?
伊藤 人が動く方法ってふたつあるんです。ひとつは動くメリットを理解してもらうこと。もうひとつは恐怖政治ですね。ただ、恐怖政治は長くは続きません。やらざるを得ないタイミングはあるのですが、スケールもしないし、派生もしないんです。だからやっぱりメリットを理解してもらって、自ら率先して動いてもらえるように心掛けています。
堀内 その「動くメリット」って具体的にどのように理解してもらうのでしょうか?
伊藤 直近の企業ですと僕は経営層として参画しますから、自ら動いて「ずっこけてもいいんだよ」って例を見せるとみんな安心するんですよ。それは大手企業が減点方式で動いているからです。大手企業や特に金融機関ではミスをすればそこで自分のキャリアが終わってしまいます。
堀内 金融機関ではひとつでもミスすれば、転職さえもできませんよね。
伊藤 ですから、優秀な人でも守りに入ってしまいます。これも仕組みの問題なんですね。
堀内 だから「やりたくない理由」を上手に列挙して、新しいことにチャレンジして失敗する可能性を回避するわけですね。
その失敗は、まだ失敗じゃない!
堀内 ただ、伊藤さんが失敗できるのは、経営層だからということはありませんか?
伊藤 いやいや、僕は20代の平社員の頃から同じことをやっていますよ。企業を変えようと動くのは当時から全く変わりません。
堀内 今でこそ伊藤さんが失敗を見せると安心してまわりがついていくるのはわかります。しかし、当時はどのように失敗を許されていたのですか?
伊藤 あることを失敗と受け取るかどうかは、主観の部分が大きいんです。「おい、伊藤上手くいってないじゃないか」とまわりが言っても、「いや、自分としてはまだ仕込んでいる最中だから。まだ3回裏だぜ」みたいな感覚でいると心が折れないんですよ。実際にどこで切られてしまうかは置いておけば、「自分でフタを閉めない」という感覚でいることが一番大切なんです。本人の心が折れない限りは進められるわけですから。根性論はあまり好きではないのですが、自分でやると決めたことをやりきって続ける限り、どんなプロジェクトでも終わらないんです。
西村 そうですよね。
伊藤 ベンチャー企業にいれば、中長期を見据えた上でさらに明日のお金を稼ぐ必要があります。そうでなければ会社がなくなってしまうわけです。ところが、大企業では何もしなくても毎月お金が入ってくるのが当たり前なんです。これでは大手企業とベンチャー企業の間で、意思決定のスピードや価値観が交わることはありません。だからこそ、大手企業にいる若手は腐ることなくドライブしていく「折れない心」を持つことが大切です。体育会系のようですが、どんなビジネスでもそこがポイントだと僕は考えています。
堀内 そういった折れない心を持っていないと、変化の激しいVUCAの時代に耐えられませんよね。いちいち変化や失敗に驚いていたら、いくつ心があっても続かないと思います。
伊藤 そうなんです。昨日まで上手くいっていてもいきなり潮目が変わる時代なんです。
堀内 今はソフトウェアがとても増えています。もちろんビルを建てることに比べればシステムを変更するほうが早いので、変化が起こるスピードの感覚がどんどん短くなっていると思うんです。
西村 全ての変化にいちいち驚いていたら、疲れて続きませんよね。
堀内 今からわずか15年ほど前は、例えばデータベースを発注するとハードが納品されるまでに半年、開発に1年、テストして実運用に乗せるまでに2年、3年掛かるプロジェクトだったわけです。それが今ではクラウドサービスで1ヶ月も掛からずに運用開始できるようになりましたよね。
伊藤 現在の2年後といえば、経営環境は大きく変わるわけですよ。もっと言えば1年でも変わります。でもいまだに「24ヶ月後は」「36ヶ月後は」なんて声がよく聞こえてきます。
西村 もっと見据える期間を短くしていかなければいけませんよね。
伊藤 「うちの業界は足が長いんで」とか「うちは数年スパンでやってますから」って聞く度に「じゃあ、ブラックマンデーが来ても同じこと言ってられますか?」と思ってますよ(笑)。「この業界だけの特殊な事情」なんて、現代にはないんです。
コントロールできないものに期待をしてはいけない
堀内 折れない心を持って、組織を変えようとする若い人たちに何かアドバイスはありますか?
伊藤 「自分でコントロールできないことに期待するな」ということですね。これは僕が日本コカ・コーラにいた頃のドイツ人の上司の言葉です。
堀内 その当時、伊藤さんはおいくつですか?
伊藤 30歳手前ですね。僕はその頃「これは経営陣が理解してくれないので、経営陣が変わらない限り無理ですね」と口にしたことがあります。
堀内 大手企業の若手であれば、誰でも言ってしまいがちな言葉だと思います。
伊藤 しかし、そのドイツ人の上司は「確かに今の経営陣は理解しないかもしれないし、明日辞めるかもしれない。でも、5年、10年経っても辞めないかもしれない。自分でコントロールできないものに10年間も期待するのか?」と言うわけです。これは僕の大きなティッピング・ポイントになりました。そこからは、「どんな手を使ってでも自分であきらめずにやりきらなければいけないのだ」という意識になりましたね。
堀内 大きなマインドの変化があったわけですね。それから伊藤さんはどのような取り組みを行なったのでしょうか?
伊藤 当時の日本コカ・コーラは、販売を行う日本全国のコカ・コーラボトラー社と資本関係がなかったんですね。単なるフランチャイズです。強制力はありませんから、平社員で若い僕が「あれやってくれ」「これやってくれ」とボトラー社に言っても誰も話を聞いてくれません。そこで、北海道や大阪など各社で社長の黒塗りの車が出るのを待ち伏せしたんです。そこで車を止めて「日本コカ・コーラの伊藤です!」と顔を覚えてもらって。
西村 すごい!
堀内 映画みたいな話ですね。
伊藤 そうしないと相手にしてくれないんですよ。通常のルートで提案しても、ボトラー社の社長にまで僕の提案はあがらないんです。通常ルートの担当者は僕がコントロールできませんから、期待しても無駄なわけです。だから全国でボトラー各社の社長に直接プランを提案して、メリットを理解してもらいました。
堀内 なぜボトラー社をまわったのですか?
伊藤 コカ・コーラとして莫大な売上を作ってくれるのはボトラー社なんですよ。日本コカ・コーラの中は誰も動きませんでしたから、ボトラー社に認められた方が早く登れると思ったんですよね。ボトラーの社長15名と日本コカ・コーラの社長が集まる会合があるのですが、そこで各ボトラーの社長さんが「日本コカ・コーラの伊藤くんっておもしろいね」って次々に言ってくれて。それで日本コカ・コーラの社長は僕を知ったわけです。
堀内 隣の山から登っていったわけですね。
伊藤 そうです。隣の山を落として、元々登りたかった山の頂上までロープウェイで移動したってイメージですね。
「ファースト90デイズ」ですべてが決まる
堀内 「TREASURE DATA “PLAZMA”」は2月に開催した後、5月、7月、10月と続いていきます。伊藤さんの基調講演を聞いた誰かが、実際に動いてその成果を発表してもらえるところまで持っていければうれしいですね。
伊藤 僕は物事が上手く行くかどうかは、全て90日間で決まると考えているんです。ですから、その開催スパンであれば十分に成果を残す人はいると思いますよ。
堀内 90日で決まるんですか?
伊藤 例えばアメリカの大統領だって、「First Hundred Days」が調査されます。転職するにしても、新しいプロジェクトを始めるにしても、最初の90日で決まると僕は言い切ります。これまでこの90日間で決めたことを守り抜けば100%成功しています。15年赤字を出していたハイアールの黒字化も、全て最初の90日で決めたことを実践しただけなんです。反対にこの90日間をきちんと回せなかった企業がひとつだけあるのですが、そこでは自分が納得する業績を出せていません。
堀内 90日をどのように使うのでしょうか?
伊藤 具体的にはイベント当日の基調講演でお伝えできればと思っています(笑)。きっと誰かの90日にハマって成果が出ると思いますよ。
堀内 伊藤さんの講演を聞いてマインドがアップデートされれば私たちもうれしいですね。
西村 そうですね。当日はスタートアップや大学の研究所にブースを出展してもらうのですが、うまく大手企業とのパラレルな関係が築けるきっかけになればいいなと考えています。
堀内 今回のイベントは様々な人に5年間支えてもらった感謝の気持ちを表す場にしたいと思っているんです。通常こういったブースを出すには出展料がかかりますよね。でもスタートアップや研究所からは一切お金をもらってないんです。
伊藤 それは新しい試みですね。
堀内 初めに申し上げた「Viva Technology」って、大手企業がスポンサーをするのでスタートアップは無料で参加できるんです。さらに、そのスポンサーの課題解決のために開発したソリューションを、他の企業にも販売できます。私はそのオープンな世界観にとても共感したんです。
伊藤 残念ながら日本の企業はまだまだその段階にはないと思います。底上げするという考えがないので、「なんでお金を出したのに、競合にもノウハウがわたっちゃうの?」という感覚でしょうね。でも、フランスの事例のように大手企業がやらないのであれば、トレジャーデータさんが開催してしまおうということなのですね。
西村 一番初めにお話を聞いたときは「なぜトレジャーデータがここまでやるんだろう?」と思いましたが、本当に実現してしまうのだからおもしろいですね。でも、大手企業が動かないのであれば、「やりたい」と思った人が動くことでしか、社会やビジネスのアップデートは起こらないということなのだと思います。
堀内 大変なので本当は大手企業に開催してもらえたら、もっと大きくなってうれしいんですけどね(笑)。お客様企業を始め、大手企業の皆様のご支援をお待ちしております!