アメリカに本社を持つカタリナマーケティングは、消費財メーカーや小売チェーンにマーケティングソリューションを提供している企業だ。同社の日本法人であるカタリナマーケティングジャパン株式会社(以下、カタリナ)は、1999年に設立。オフラインから事業を展開させてきた。その最大の特徴は、スーパーなどの店頭で、週間のべ約1億人にリーチできるネットワークをもっていること。店頭で発行される「レジ・クーポン®」を受け取ったことがある人も多いだろう。国内37の小売チェーン、合計約1万もの店頭で配布されるこの「レジ・クーポン®」は、POSデータと購買データを活用した同社の代表的なプロダクトだ。
近年、カタリナはオンラインでの事業展開を加速させている。その動きを牽引するのが同社の小川真輝氏だ。そこで今号では、同社が注力するデジタルでの取り組みについてディスカッションを開催。カタリナへデータ基盤「TREASURE CDP」を提供するトレジャーデータの堀内健后氏をモデレーターとして、カタリナの小川氏、同社のデジタル事業を支援する株式会社Legolissの重原洋祐氏と田中龍氏の3名にお話を伺った。[SPONSORED]
小川 真輝(右から2人目)おがわ・まさき:カタリナマーケティングジャパン株式会社 プロダクトチーム ブランドソリューションズ/アド&エージェンシーソリューションズ ディレクター。東京大学卒。広告企業での勤務を経て、2012年にカタリナへ入社。
田中 龍(右)たなか・りゅう:株式会社Legoliss取締役 マーケティングマネージャー。1980年生まれ。法政大学卒。2003年にオリコム、2007年に大広へ入社。広告業界での事業戦略やデータマーケティングの経験を経て、2015年よりLegolissに参画。
重原 洋祐(左から2人目)しげはら・ようすけ:株式会社Legoliss取締役 副社長。1979年生まれ。東京都出身。立正大学経済学部卒。DACでの勤務の後、モデューロ代表取締役に就任。退任後にフリーでの活動などを経て、Legolissへ参画。
堀内 健后(左)ほりうち・けんご:トレジャーデータ株式会社 マーケティングディレクター。東京大学大学院修士課程修了。プライスウォーターハウスクーパースコンサルタントなどでの勤務を経て、2013年にトレジャーデータに参画。
1億人のデータが世界を広げる
堀内 まず、カタリナさんがオンラインでの取り組みを開始した経緯を教えてください。
小川 私たちはオフラインでのネットワークに強みを持っています。しかし、近年は購買とタッチポイントがオムニ化、オンライン化していますよね。2013年にアメリカの本社へ訪問したのですが、アメリカでは既にオフラインでとれるデータを活用して、オンラインで広告を出す事業を始めていたんです。その取り組みにメンバーと熱狂しまして。
堀内 Legolissさんと一緒に取り組んでいるのはなぜですか?
小川 小売店が展開する会員プログラムと連携して「誰が何を買ったのか」がわかるID-POSや、通常のPOSデータを使ったオフラインでのマーケティングにはずっと取り組んできました。ですから、「オンラインの世界もそれほど遠くないだろう」とは思ったのですが、デジタルに詳しい人材がいなかったんです。そこで、重原さんたちにお声がけしました。
重原 「アドテクに明るい会社」としてお誘いいただきましたよね。
小川 カタリナのビジネスは「小売店とネットワークを結び、その店頭にメディアを置かせてもらって、消費者にリーチする」という手法です。これって、アドネットワークとよく似ていますよね。ですから、当初はメンバーと「DSP作りたいよね」って話をしていたんです。
重原 私は前職でコンビニチェーンのオンラインに携わったり、Legolissを立ち上げてからは大手飲料メーカーの案件を担当していたりしました。そこで、「消費財メーカーのオンラインでの取り組みの限界」を少し感じていたんです。結局、いくらオンラインに取り組んでも、オフラインで買ってもらわなければいけないわけです。
堀内 デジタルに取り組んでいる消費財メーカーのジレンマとして「どれだけマーケティング手法がデジタル化しても、買われるのはオフライン。しかも、卸がいて小売がいるからデータが手に入らない」というものがありますよね。
田中 商品の設計も価格も流通が強い環境では、最後に購買されている場所がわからない消費財メーカーができることは少ないんです。だから、TVスポットのクリエイティブを「ブランディング」と呼んで、そこに全力になるわけです。でも、カタリナさんの持っている「1週間に1億人のPOSデータ」、「4000万人の会員と紐付いたID-POSデータ」を、消費財メーカーのマーケターさんが使えればもっとできることが広がるのではと思ったんです。「出口のデータ」がある強さ、おもしろさは私たちLegolissでも感じていました。
「QR」でデータをオンライン化
堀内 しかし、アメリカが本社ということもあり、実際にデジタルでの本格的な取り組みを始めるのは難しかったのではないでしょうか?
小川 何回も否定されましたね(笑)。
重原 最初は小川さんと私たちを含めて4人くらいの小さなチームでステルス気味に始めましたね。
小川 カタリナでは2013年からスマートフォン向けのクーポンアプリを展開しています。そのアプリは「オフラインのクーポンの世界をオンラインにも広げよう」という観点でしか事業展開されていませんでした。でも、Legolissさんと「『TREASURE CDP』を使えばもっと様々なことができるね」って話していたんです。そこで、まずある食品メーカーさんの営業案件でスタートしてみました。プロダクトは海外の統制が厳しいのですが、営業現場はお客様が求めればやらざるをえません。ですから、完全にボトムアップアプローチで始めましたね。
堀内 私たちトレジャーデータのお客様を見ていても「裁量のある範囲内で、まず現場でもやれることを小さくでもやっていく」のは大切だと感じます。
小川 その案件の後、アプリやウェブのデータを「TREASURE CDP」に入れるようにして、じわじわと購買データがオンライン化されている状態になってきました。そうすると「データからイメージできる人」が増えますから、また繰り返し施策を試してみています。
重原 当初はなかなかデータが貯まらず結構大変でしたね。アプリの開発はカタリナさんのフランス支社が担当しているので、SDKを入れてもらうのにも苦労しました。さらに、ウェブよりもアプリの方がアクセス数が多いのですが、ウェブはアメリカで作っているのでそこにも苦労がありましたね。
小川 2017年に日本で新たにエンジニアが入りまして、そこから一気にスピードがあがりました。
堀内 ブレイクスルーとなった施策はありますか?
小川 クーポンにQRコードを付けて、QRコードを読んでアプリをDLしてもらうのが上手くいっていますね。私たちの課題は、いかにオフラインからオンライン化をするのかということです。例えば、アプリを200万DLしてもらう試算もしたのですが、2億円かかって現実的ではないと(笑)。
重原 当たったのはある飲料メーカーさんでのクーポンにQRをつけたキャンペーンでした。「QRを読み取って、一意の番号を送信してくれたらキャンペーン応募」みたいなトライアルをやったときに結構反応がよかったんです。この方式だとCookieがとれますから、そこからデータ化するというのが現在のスキームになっていますね。
堀内 消費者であるユーザーはどのようにクーポンを利用するのでしょうか?
小川 まず、カタリナのアプリやウェブから会員登録し、そこに小売チェーンの皆様が展開するロイヤリティプログラムのIDを登録してもらうんです。するとユーザーはオンライン上でクーポンを選択できるようになります。例えば、「近くのスーパーの食器洗い洗剤のクーポン」を選択し、実際にその店舗で会員カードを使って購買すると、レジでクーポンを出すことなくクーポンが適用されます。カード番号がわかればID-POSがわかりますので、パーソナライゼーションもできるわけです。
堀内 小売店の会員IDがオンラインで紐付いているから、レジでの提示が不要なんですね。ユーザーはオトクに購買ができるわけですから、どんどんそのデータは蓄積されますよね。
小川 そのデータをもちろんそのまま使うことはできませんので、Legolissさんと一緒にソリューションとして落としこむわけです。「あのスーパーのデータを売ってください」と来る人もいるのですが、そういった方はすぐにお断りしています。カタリナの社内でも営業が「データが使えるんだ!」と単純に捉えてしまうとデータの取り扱いに問題が発生しますので、その微妙なバランスにも苦労しましたね。
堀内 カタリナさんの社内でもデータ活用の理解に時間がかかったということですか?
小川 そうですね。今までと同じプロダクトを持っているのですが、取得するデータを変えて、使い方も変わっていることを理解してもらうのに1年くらいの時間が必要でした。
堀内 社内の理解はどのように進めたのですか?
小川 例えば、ある大手の日用品メーカーさんでは、カタリナのクーポンの仕組みを自社のオウンドメディアに入れています。そうすると、私たちもそのオウンドメディアのことをもっと知らなければいけません。ですから、Legolissさんに勉強会もお願いしたんですよ。
重原 デジタルの領域って、クライアントさんに知見が貯まって進んでいきますよね。「きちんと知識を身に着けていないと営業できないですよ」ってコンセプトで2時間の勉強会を5回実施しました。
田中 私も講師を務めたのですが、会場に行ってみると100名もの参加者がいておどろきました。
堀内 100名は全て営業の方ですか?
小川 半数以上は営業ですが、例えば、クーポンの入稿を担当しているバックオフィスの人間も参加しました。こうした取り組みを通じて、データの利活用に関する社内理解を少しずつ進めていきました。
費用対効果は70倍以上と判明!
堀内 実際にデータを活用して打った施策が既にあればご紹介いただけますか?
重原 大手飲料メーカーさんの案件ですね。昨年はようやくオンラインのデータが統合され始めて、POSと少しずつ紐付いてきたんです。そこで、「あるカテゴリの商品を買ったことがある人」「あるカテゴリの商品を買ったことがない人」とターゲットを分けて、オンラインで広告配信を実施しました。ところが、DSPの管理画面だけ見ると「買ったことがない人」の方がクリックされていました。「これ意味なかったのかな、どうしよう……」と思ったのですが、蓋を開けるとオフラインのコンバージョンは全然違っていたんです。
小川 オフラインでの購買をA/Bテストで見たところ、「買ったことがない人」ではリフトが見られない一方、「買ったことがある人」は配信有無で約5倍の差があったんです。
重原 さらにコンバージョンに掛かったコストを見ると、「買ったことがある人」は70円くらいだったのですが、「買ったことがない人」は5000円くらい掛かっていました。これはオフラインにつなげないとわからなかった数字です。
堀内 こういった施策は小売店側よりも、やはりメーカー側の理解が早いのでしょうか?
小川 そうですね。ただ、プラットフォームの順番として、本来私たちは小売さんに理解してもらうべきだと考えています。ですから、ベネフィットを理解してもらおうとお話しする機会は最近多いですね。
堀内 どのような企業だと一緒にスタートしやすいと感じますか?
小川 私たちの社内にもリーンスタートアップの文化があるので、「ちょっとでもいいから、やっちゃうか」という企業とはマッチすると思います。50万円とか100万円くらいの企画でも、一緒に作り上げていける気概がある人たちがいいですね。
「なぜこの人が買いそうなのか」をマシンラーニングが支援する
堀内 データに関する文化も社内に浸透しつつある現在、何か感じていることはありますか?
小川 私たちは機械学習にも取り組んでいますが、「閾値を人間が決めること自体がナンセンス」という風潮は感じますね。マーケターは、例えば「タッチポイントが50%以上共通していれば同じ人物だろう」と定義したくなりますよね。その定義によって、コンテンツを出し分けたりします。ただ、今はその定義からアウトプットまで全てを機械学習にかける手法もあるわけですよね。実際に効果が高いのはどちらかテストしてみたいと考えています。
堀内 機械学習も実践されているのですね。
小川 これまでにカタリナが実践してきたターゲッティングは、「過去52週間ではこのカテゴリーの購買があるが、直近13週間では購買していない人」「過去52週間で競合商品を購買した人」のようなわかりやすいものでした。これからは機械学習によって「この商品を買いそうな人」が単純にスコアリングされるようになると思っています。ただ、その場合に「どの要素が好影響を与えているのかが掴めないのではないか」というのが最近社内でディスカッションされていますね。
堀内 私たちが提供する「TREASURE CDP」には「予測リードスコアリング」という機能が新たに追加されました。これは、リードのスコアリングにおいて「どの軸が影響しているのか」まで機械学習でわかるというものです。マーケティングオートメーションツールを導入しても、スコアリングのルールは人間が決めますよね。でも、そのルールが正しいとは限りません。そのルールを決める軸を発見するのが一番むずかしいのに、そこのサポートはしてもらえないんです。もちろん、それがズレていると、スコアが高くなっても施策は全く成功しませんよね。「予測リードスコアリング」機能では「この軸がスコアに一番影響がある」と自動でわかるんです。
小川 それはいいですね。小売の購買でも、変数が実は4000くらいあったりするんですよ。だから、どの軸が影響しているか説明できなかったんです。
堀内 ただこの「予測リードスコアリング」にも問題はあって、本当に機械的に出すので「これは絶対ないでしょ」って軸も挙げてくるんです。ですから、そこをチューニングできる人がいると上手く検証を回せると思います。
重原 カタリナさんが「TREASURE CDP」を上手く使ってドライブすると、消費財メーカーもドライブすると私たちは考えています。まだまだこの業界ではデジタルが入っていない企業が多くあります。私の知り合いにも食品メーカーに勤務している人がいまして、「デジタルどうなの?」って聞いてみたんです。すると「リスティング広告が関の山だな」と返ってきました。カタリナさんがそういったメーカーをどんどん支援していけばいいと思いますね。大手のポイントプログラムよりもデータの数は少ないですが、中身の濃さではカタリナさんは負けていませんし。消費財メーカーにとっては、そこがいいフックになると思います。
田中 デジタルってBtoBから進むことが多いと思います。でも、消費財メーカーと小売店がデジタルで発展していくと、消費者に直接的なベネフィットがありますよね。ですから、カタリナさんが提供するデジタルマーケティングは、みんながハッピーになれる貴重な取り組みだと思います。
堀内 最後に今後の展望をお聞かせください。
小川 広告主が持っているデータとの連携も含め、「購買データを活用したマーケティングの最適化」をどんどん進められたらと思います。一方で、私たちには小売企業の業績を伸ばすという使命があります。様々な環境変化に対応しながら、これからも実際の店舗が消費者の生活の重要な基盤であり続けられるよう支援していきたいですね。
7月18日に開催される「TREASURE DATA “PLAZMA”」(六本木ヒルズ)では、「一億人のデータが世界を広げる」と題して小川氏とLegoliss社によるトークセッションが展開される。申込みは無料。